本砲の閉鎖機は垂直鎖栓式を採用した。屋内展示ではあるが長い年月により経年劣化が進行しており揺架や駐退管など多くの部品が欠落している。
四年式十五糎榴弾砲は三八式十五糎榴弾砲の後継として国産開発された。280門生産され上海事変から大東亜戦争全般にかけて広く使用された。
大東亜戦争期には旧式化しており特に射程が短い事が懸念材料となっていた。性能を向上させた後継砲たる九六式十五糎榴弾砲が制式化されたが戦争が激化する中、九六式を完全更新するには 至らず沖縄戦でも四年式が第二十四師団砲兵隊に装備されており米軍と激戦を展開している。太平洋の海鷲