アメリカ製戦車駆逐車M36
(写真上)陸自武器学校に展示されているM36

ナチスドイツ軍「ティーガー」、「パンター」戦車対策用の自走砲で戦後は日本の61式戦車開発に大きな影響を与えたM36

第二次大戦中、米陸軍は対戦車戦闘用の自走砲としてM4「シャーマン」戦車の車体に3インチ(76.2ミリ)戦車砲M7を搭載したM10を開発した。
M10は実用性は優れていたが強力なナチスドイツ軍の「ティーガー」や「パンター」を相手にするには力不足でありもっぱら歩兵支援任務に従事した。 大戦後期には連合軍の圧倒的優性のうちに戦局は推移したがドイツ軍戦車に比して米軍戦車の非力さは誰の眼にも明白であり早急な対策が望まれていた。 早い段階で計画されたのがM10に50口径90mm戦車砲M3を搭載させる案であり1944年6月にはM36として制式化され8月以降の欧州戦線に投入されている。 90mm戦車砲M3は重戦車M26にも搭載された強力な火砲であり少なくとも火力ではドイツ軍戦車に対抗する事が出来た。

M36は対戦車戦闘用の自走砲であるが動力式旋回式砲塔を備えていた。M10は手動式旋回方式であったので単に武装の強化のみならず機構的にも大幅に進歩している。 この種の自走砲はドイツやソ連ならば量産性向上の為に徹底した簡易化が図られ砲塔は固定式になっていたであろう。
米陸軍で旋回式砲塔を採用したのは用兵上の違いもあろうがアメリカの強大な生産力が背景にあった事は疑いのない事実でありアメリカでしか実用化出来なかった ”贅沢な兵器”だったのだ。

戦車と自走砲の違いを明確に述べるのは専門家でもなかなか難しい問題であるが旋回式砲塔を備えたM36はナチスドイツや旧日本軍では戦車のカテゴリーに 分類されても不思議ではないかもしれない。

応急兵器ながら十分な戦力価値を持ったM36

敢えてM36を自走砲と分類する根拠を挙げるのであれば”装甲の薄さ”であろうか・・・。
砲盾部こそ127mmの装甲厚があるがそれ以外の部位は50〜10mmと薄くとても敵戦車との格闘戦に耐えられるものではない。 砲塔も密閉式ではなくオープントップであった。 この防御上の問題点から戦場での運用にはそれなりの制約があったと思うが「パンター」でさえ撃破出来る90mm戦車砲を搭載した自走砲を 短期間で開発・量産し実戦投入したアメリカの国力は流石であった。M36はあくまで応急的兵器ではあるが十分な戦力価値があった、と評価出来よう。

M36には次の3タイプがあった
M36車体はM10A1
M36B1車体はM4A3
M36B2車体はM10

陸上自衛隊におけるM36の試験評価とその後の影響

M36は大戦後も各国に供与され幾つかの国では実戦に投入されている。
T34/85やM4に比べれば知名度は低かったが息の長い長寿兵器でもあり90年代に勃発したユーゴ内戦でも使用されている。 ところでM36は試験評価用として陸上自衛隊にも1両(M36B1) が供与されている。戦後、日本が最初に開発を進めた国産戦車ST(後の61式戦車)は共産圏のT34/85を凌駕出来る90mm砲搭載を目標としていたが M36は90mm級戦車砲の運用や全体デザインに関して61式の開発に大きな影響を与えたと言われる。61式戦車の砲塔後部のカウンターウエイトにも M36の面影を感じる事が出来る。「ティーガー」や「パンター」対策に開発されたM36が大戦終了後の日本で国産戦車開発の 礎になったのも歴史の不思議な一頁と感じる。なお、陸自ではM36を戦車駆逐車と分類していた。

重量 30.8t
全長 6.5m
全幅 3.05m
全高 2.65m
エンジン フォード製水冷8気筒ガソリン
出力 450ps
速度 42km/h
武装
・90mm戦車砲×1
・12.7mm重機関銃×1
・7.62mm機関銃×1
乗員 5名


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