九四式三十七粍砲
TYPE94 37mm Anti Tank Gun
(写真左左/左)
陸上自衛隊武器学校で保存展示されている九四式三十七粍砲
本砲の保存状態は比較的良好で部品の欠落も少ないが駐鋤はレプリカではないだろうか・・・? 左車輪が外側に開く独特の構造が分かる


九四式三十七粍砲は我が国初の本格的対戦車砲で昭和11年2月に制式化された。
歩兵連隊隷下速射砲中隊に4門配備された。

九四式の最大の技術的特徴は半自動水平鎖栓式を採用して発射速度を大きく高めた事である。対戦車砲である為、非常に背が低く全備重量も327kgと 軽量であり馬による牽引の他、人力による移動も可能であった。機械力に乏しい日本軍にとっては使い易い砲であった。

九四式徹甲弾を使用した場合の威力は射程約1000mで約20mmの装甲板を貫通、発射速度は10〜30発/分(通常15発程度)と制式当時の対戦車砲としては 水準にある性能であった。昭和14年のノモンハン事件では多くのソ連軍装甲車両を撃破したが第二次大戦期の装甲を強化した新型戦車には到底対抗出来るものではなかった。 それほど当時の軍事技術は日進月歩であり九四式三十七粍砲も短期間で旧式化してしまったのである。

大東亜戦争勃発と同時に九四式の限界が露呈してしまう事態が起きた。フィリピンやインドシナ半島において遭遇したアメリカ製M3軽戦車の正面装甲は貫通させる事が 出来ず逆に敵の反撃で苦戦し戦争中盤以降に登場したM4戦車には全く歯が立たなかった。しかし、総生産数は約3400門に達しており戦争後半においても日本軍の 対戦車火器の数量的な主力であり終戦まで第一線で使用された。


日本軍の強敵となったアメリカ製M3軽戦車

対米英戦緒戦、マレー半島や比島で遭遇したアメリカ製M3軽戦車に対して九四式三十七粍砲は全く役に立たなかった。
九四式や九五式軽戦車は一方的な惨敗を喫した。戦争序盤で早くも旧式化は明白でありその後の対戦車戦闘に大きな不安を残すことになった。



砲身
・口径 37mm
・全長 1706.5mm(46.1口径)
・重量 67.2s(徐閉鎖機)
高低射界 −10〜 +25度
方向射界 60度
初速 700m/s
弾量 700g(九四式徹甲弾)
車輪外径 900mm
放列砲車 重量 約327kg
     全長 約2870mm

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